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こんばんは。ご無沙汰しております。本日の電子説法を拝読させていただきました。眠れない理由が理不尽から起こる体験おもしろく感じました。
私が眠れないときは理不尽さよりも心配です。しかし、心配すればするほど現実ではマイナスの祈りとなり、良くない状況を招くがわかっていても考えてしまうのが、魂の低さだと反省します。「すべての悪業は妄想より生じる」と仏説観普賢菩薩行法経にあります。
理屈ではわかっていても、我が身に降りかかる心配ほど、禅定をひっぱってしまい、平常心をうしないます。そんなときは、やはり、お経をあげると不思議と大きな自信がわいてきます。
これはなぜでしょうか?
大きな力がやはり最高教典の法華経にはあるようです。
他人のことはよく判断、アドバイスできても、自分の心こそ、難関であり、仏を目指す修行をすることは
このような心を成仏させるため、あのくたらさんみゃくさんぼだいは遠いです。
私も理不尽なことで心を動かされたことがありました。
これは以前のようぬ憤慨することなくなりました。それは判断の基準を変えることができたからです。
今の常識、法律などを基準にするのではなく、仏の心はどうだろうか?と考えました。
そうするとやってくる理不尽がたわいもないことに感じはじめました。
そうしてそのような理不尽を、受けて忍にくの心で受け止め合掌することが、現世の修行のように感じはじめました。
今、も心に心配があります。それがこれを書かせているのだと思います。解決は自分でしかできません。
さて、夕方です。
御法座のお水とお茶をかえさせて頂き、、まず、お経をあげさせていただきます。
これをお経に逃げていると言われたこともありますが、まず、これからしないと始まらないようです。
ありがとうございました。
合 掌
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